大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成3年(ワ)15232号 判決 1995年6月06日

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  原告の請求

被告は原告に対し、金二億一一二二万五八〇〇円及びこれに対する平成三年一一月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、有価証券等を担保に手形割引等を行うことを業としている原告が、訴外乙山春夫(以下「乙山」という。)と継続的小切手・手形割引取引契約及び担保差入契約を締結し、同人から譲渡担保として別紙証券目録一及び二記載の単位型証券投資信託(バランスユニット)受益証券(以下「本件証券」という。)二通の差し入れを受け、為替手形割引等の取引を行っていたところ、本件証券二通は、実際には、被告が所持していたものを乙山が窃取した上原告に譲渡担保として差し入れたものであり、被告は、本件証券二通が原告に譲渡担保として差し入れられた後に、本件証券二通について、公示催告の手続を行い、ユニバーサル証券株式会社(以下「ユニバーサル証券」という。)から金二億一一二二万五八〇〇円の償還を受けた上、除権判決を取得して、原告が償還を受ける前にユニバーサル証券の償還義務を消滅させてしまったため、原告が被告に対し、主位的に、原告が本件証券二通を乙山から善意取得していた真の権利者であるとして、被告が受益した金二億一一二二万五八〇〇円について不当利得の返還を求め、予備的に、被告が本件証券二通を慎重に管理していれば、原告が乙山から本件証券二通を担保にとることはなかったとして不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。

二  基本となる事実関係(争いがない事実及び証拠により容易に認められる事実)

1(一) 原告は、有価証券等を担保に手形割引等を行うことを業とするものである。

(二) 被告は、有価証券の売買又はそれらの媒介等を業とする証券会社であり、本件証券二通を所持していた(争いがない事実)。

(三) 乙山は、昭和六三年九月二八日当時、訴外光世証券株式会社(以下「光世証券」という。)第一営業部課長代理であったが、それ以前に、被告が所持していた本件証券二通の窃取に関与し、これを取得した(争いがない事実)。

2 原告と乙山は、同日、左記の内容の継続的小切手・手形割引取引契約及び担保差入契約(以下「本件各契約」という。)を締結した。

(一) 継続的小切手・手形割引取引契約

(1) 原告と乙山との取引は小切手、手形割引取引である。

(2) 乙山は、原告との手形割引取引に関して生じた一切の債務の履行につき、本約定に従う。

(3) 個々の割引についての割引料率は、取引の都度、合意により決定する。

(4) 乙山は、割引した手形の主債務者が手形又は小切手の一通でも不渡りにしたとき、その他、期日に支払わなかったときは、その者が主債務者となっている手形全部について、原告より通知催告等がなくとも支払期日の到来を待たずに、右手形面記載の金額の買戻債務を負い、直ちに原告に持参して弁済する。

(5) 乙山が右債務の履行を怠ったときは、乙山は、原告に対し、手形面記載の金額に対し、遅滞の日から完済まで年四〇パーセントの割合の遅延損害金を付加して支払う。

(6) 担保は、すべてその担保する債務の外、現在及び将来負担する一切の債務を共通に担保する。

(7) 債務不履行の時は、原告が占有している有価証券は、原告において取立て又は処分することができる。

(二) 担保差入契約

(1) 乙山は、乙山が担保物件について瑕疵のない完全なる権利を有するものであり、後日他から何ら異議等の申出のないものであることを誓約する。

(2) 乙山が、債務の履行を遅滞したり、その他原告との契約に違反するなどの事由が発生し、原告において担保物件をもって乙山が負担する債務に充当する必要があると認めたときは、原告は、事前に何らの通知をすることなく、担保物件を任意に処分の上、その取得金のうちから諸費用を控除した残額を債務の弁済に充当し、又は、債務の全部又は一部の弁済に代えて、担保物件を取得することができる。

(3) 乙山は、右任意処分等について処分等の時期、価格、方法、代金充当順序等につき異議の申出をしない。

(4) 右任意処分等によっても、債権額に不足するときは、乙山は直ちに不足金額を支払う。

(5) 担保物件は、本約定に基づく債務以外に、乙山が現在及び将来他の取引により原告に負担する債務の共通担保とし、そのいずれの債務について右任意処分等の処置を取られても、乙山は異議の申出をしない。

(三) 原告は、乙山に対する貸付金利を年一四・五パーセントとし、一か月毎の手形の書替えを認めた。

3(一) 原告は、同日、乙山との本件各契約に基づき、乙山から本件証券二通のうち一通を譲渡担保として取得し、額面金四〇〇〇万円の為替手形一通を割り引き、一か月毎に書き換えた。

(二) 原告は、同月二九日、乙山との本件各契約に基づき、乙山から本件証券の残り一通を譲渡担保として取得し、額面金七〇八五万円の為替手形一通を割り引き、一か月毎に書き換えた。

4 乙山は、同年一〇月一二日、光世証券を退職した(争いがない事実)。

5(一) 原告は、同年一一月四日、乙山との本件各契約に基づき、本件証券二通を担保として、乙山から額面金一五〇〇万円の為替手形一通を割り引き、一か月毎に書き換えた。

(二) 乙山は、同年一二月二三日、右3(一)及び5(一)の為替手形二通の割引について決済し、原告は乙山に対し、本件証券一通を返還した。

6(一) 原告は、平成元年二月二七日、右3(二)の為替手形の書換をした際、貸付金利を年一二・八パーセントとした。

(二) 原告は、同年三月一六日、乙山との本件各契約に基づき、本件証券一通を担保として、乙山から額面金九〇〇万円の為替手形一通を割り引き、一か月毎に書き換えた。

(三) 乙山は、同年四月一九日、右3(二)及び6(二)の為替手形の各割引について決済し、原告は乙山に対し、残っていた本件証券一通も返還した。

(四) 原告は、同月二六日、乙山との本件各契約に基づき、乙山から本件証券一通を再度譲渡担保として取得し、額面金八〇〇〇万円の為替手形一通を割り引き、一か月毎に書き換えた。

(五) 原告は、同年五月二六日、乙山との本件各契約に基づき、本件証券一通を担保として、乙山から額面金五〇〇万円の為替手形一通を割り引き、一か月毎に書き換えた。

(六) 原告は、同年六月一日、乙山との本件各契約に基づき、本件証券一通を担保として、乙山から額面金五〇〇万円の為替手形一通を割り引き、一か月毎に書き換えた。

(七) 原告は、同月二七日、乙山との本件各契約に基づき、乙山から本件証券の残り一通を再度、株式会社有沢製作所(以下「有沢製作所」という。)の株券二万株(同日の東京証券取引所後場終値金五一〇〇万円)を新たに譲渡担保として取得し、額面金六〇〇〇万円の為替手形一通を割り引き、一か月毎に書き換えた。

(八) 原告は、同月二八日、乙山との本件各契約に基づき、本件証券二通及び有沢製作所の株券を担保として、乙山から額面金三〇〇万円及び額面金二三〇〇万円の為替手形二通を割り引き、一か月毎に書き換えた。

(九) 原告は、同月二九日、乙山との本件各契約に基づき、乙山から山村硝子株式会社(以下「山村硝子」という。)の株券二万株(同日の東京証券取引所後場終値金二一六〇万円)及び三機工業株式会社(以下「三機工業」という。)の株二万株(同日の東京証券取引所後場終値金三一八〇万円)を譲渡担保として取得し、本件証券二通及び有沢製作所の株券とあわせて担保として、額面金五五〇〇万円の為替手形一通を割り引き、一か月毎に書き換えた。

(一〇) 原告は、同年七月五日、乙山との本件各契約に基づき、乙山から株式会社ニフコ(以下「ニフコ」という。)の株券三万株(同日の東京証券取引所後場終値金六四二〇万円)を譲渡担保として取得し、本件証券二通とあわせて担保として、額面金五〇〇万円の為替手形一通を割り引き、一か月毎に書き換え、また、乙山に有沢製作所の株券二万株を返還した。

(一一) 原告は、同月六日、乙山との本件各契約に基づき、乙山から高島株式会社(以下「高島」という。)の株券一万五〇〇〇株(同日の東京証券取引所後場終値金二二三五万円)及びニフコの株一万株(同日の東京証券取引所後場終値金二一〇〇万円)を譲渡担保として取得し、本件投資信託受益証券二通とあわせて担保として、額面金四五〇〇万円の為替手形一通を割り引き、一か月毎に書き換えた。

(一二) 原告は、同月一一日、乙山から現金一一〇〇万円及び預金小切手額面金一億円を受領して、右(四)の割引手形額面金八〇〇〇万円のうち金七〇〇〇万円、右(五)の割引手形額面金五〇〇万円、右(六)の割引手形額面金五〇〇万円、右(八)の割引手形額面金三〇〇万円及び額面金二三〇〇万円並びに右(一〇)の割引手形額面金五〇〇万円の支払いに充当した。

原告は、本件証券二通以外に乙山から担保として差し入れられていた高島の株券一万五〇〇〇株、ニフコの株券四万株、三機工業の株券二万株及び山村硝子の株券二万株(同日の東京証券取引所後場終値の合計金一億六四四五万円)を乙山に返還した。

(一三) 原告は、同月二六日、乙山との本件各契約に基づき、右(四)の割引手形額面金八〇〇〇万円の残金一〇〇〇万円、右(七)の割引手形額面金六〇〇〇万円及び右(九)の割引手形額面金五五〇〇万円を合算して、乙山から額面金一億二五〇〇万円の為替手形を割り引き、一か月毎に書き換えた。

(一四) 原告は、同年一〇月二〇日、乙山との本件各契約に基づき、本件証券二通を担保として、額面金五〇〇万円の為替手形一通を割り引き、一か月毎に書き換えた。

7(一) 原告は、平成二年一月一六日、乙山との本件各契約に基づき、本件証券二通を担保として、乙山から額面金一五〇〇万円の為替手形一通を割り引き、一か月毎に書き換えた。

(二) 被告は、同年四月一〇日、本件証券二通について、東京簡易裁判所に対し、公示催告を申し立てた。

(三) 原告は、同年九月二一日、右6(二)、(一三)、(一四)及び7(一)の各為替手形を書き換えた際、貸付金利を一三・五パーセントとした。

(四) 被告は、同年一〇月ころ、ユニバーサル証券から本件証券二通の満期償還金相当額金二億一一二二万五八〇〇円を預り金として受領した。

(五) 同年一二月七日、本件証券二通について除権判決がなされ、被告は、平成三年一月七日ころ、受領していた償還金を預り金から被告の勘定に振り替えた。

8(一) 原告は、平成三年二月二五日、乙山との本件各契約に基づき、右6(一一)の割引手形額面金四五〇〇万円、右6(一三)の割引手形額面金一億二五〇〇万円、右6(一四)の割引手形額面金五〇〇万円及び右7(一)の割引手形額面金一五〇〇万円を合算して、乙山から額面金一億九〇〇〇万円の為替手形を割り引き、一か月毎に書き換えた。

(二) 乙山は原告に対し、同年五月二七日、元金内金二九二万円を支払い、原告は乙山から額面金一億八七〇八万円の為替手形を割り引いた。

(三) 乙山は原告に対し、同年六月二七日、元金内金二九五万円を支払い、原告は、同月二八日、乙山から期日を同年七月二六日とする額面金一億八四一三万円の為替手形を割り引いた。

9(一) 乙山は、同月二六日、期日の支払いを怠ったので、翌二七日、期限の利益を喪失した。

(二) 原告は、乙山から同月三〇日、元金内金四〇〇万円の支払いを受けたので、乙山に対し、金一億八〇一三万円及びこれに対する同月二七日から支払済みまで利息制限法に従った年三〇パーセントの割合による約定遅延損害金の債権を有する。

(三) 原告の乙山に対する債権は、平成四年二月二二日の時点では、金二億一一二二万五八〇〇円を超過する。

三1  原告の主張

(一) 不当利得

以下の理由により、原告は本件証券二通を善意取得した。

(1) 原告東京支社の開発部の嘱託社員磯野茂(以下「磯野」という。)は、昭和六三年五月二五日、知人で証券担保金融を行う訴外株式会社北誉(以下「北誉」という。)を経営している訴外五島潔(以下「五島」という。)から、北誉の顧客で投資信託受益証券を担保に金融を付けたい客がいるが、北誉が独立して規模も小さく大口融資が取り扱えないので、原告で面倒をみてもらいたいとの申入れを受けた。

(2) 磯野は、同年九月中旬、五島から乙山の紹介を受け、同月二〇日ころ、乙山から電話で取引の申入れを受けた。

(3) 乙山は、同月二八日午前一一時ころ、本件証券二と光世証券株式会社第一部課長代理乙山春夫の名刺をもって、原告東京支社に来社し、磯野に対し、「自分の大手客で資金運用面では自分の相場感で動いている顧客がおり、投資信託受益証券を担保に投資資金を借入れ、積極的な資金運用をしたいといっている。顧客の希望で氏名は明らかにできないが、資金運用については自分が一任されている。借入名義については、大手客はノンバンクとは取引したことがなく、業者の選定、取引手続は自分に一任するといっているので、自分の名義で取引したい。」と申し入れた。

(4) 磯野は、乙山が中堅証券会社の課長代理であり、証券界では乙山の申し出たような話はよくあることであって、乙山が本件証券二について瑕疵のない完全なる権利を有する旨を誓約していたので、そのまま信用した。

(5) 原告は、同日、乙山が持参した本件証券二のコピーにより、大和証券投資信託委託株式会社(以下「大和投信」という。)に対し、本件証券二の真贋及び事故届けの有無を問い合わせ、問題がないことを確認した。

(6) 乙山は、同月二九日午前、磯野に対し、「もう一枚投信があるのでそれで融資をお願いしたい。」と申し入れ、本件証券一を持参して融資を申し入れた。

(7) 原告は、同日、大和投信に対し、本件証券一の真贋及び事故届けの有無を問い合わせ、問題がないことを確認した。

(8) 原告は、乙山に対し、本件証券一通を昭和六三年一二月二三日に、他の一通を平成元年四月一九日にそれぞれ返還し、平成元年四月二六日及び同年六月二七日に、再度、乙山から一通ずつ担保として差し入れを受けた。原告は、同年六月二七日に差し入れを受けた本件証券一通については、大和投信に対して事故照会をし、事故はない旨の回答を得た。

(9) 被告は、同日までの間、本件証券二通の紛失について、新聞広告等を行わなかった。

(10) 原告は、本件証券は高額な証券であり、当然管理は万全であると考えており、仮に盗難等の事故があれば、据置期間が満了しており換金可能な状態であったのであるから、直ちに事故届けが発行会社になされるはずであり、発行会社に対して事故届けがなかった以上、乙山及びその説明並びに大和投信からの回答を信頼し、乙山が顧客から委託された真券であり、事故等は全くないと確信した。原告は、従前より、右と同様の調査を行っており、問題が発生したことはなかった。

そして、右(8)の再度の担保差し入れに際して、原告は従前の実績を評価し、乙山及び本件証券二通を益々信用して、金利を下げ、他に担保として差し入れを受けていた株券を返還して取引を継続した。原告は、同年四月二六日に差し入れを受けた本件証券一通については、七日前に完済となった取引の貸し増しであり、従前の調査を信用して、事故照会は行わなかった。原告は、当時も乙山が光世証券株式会社第一営業部課長代理と思っていた。

(11) 原告は、本件当時、証券従業員に関する規則(日本証券業協会・公正慣習規則第八号)第九条三項二〇号及び二六号により、証券会社及びその従業員が、顧客の有価証券の売買その他の取引等又はその名義書換について、自己若しくはその親族その他自己と特別の関係のあるものの名義又は住所を使用させること、有価証券の売買その他の取引に関して顧客と金銭、有価証券等又は金地金の貸借を行うことを禁止されていたことを知らず、また、禁止行為を行っていた証券会社の従業員は相当数おり、原告は乙山の取引の申し込みに疑義は持たなかった。

(12) 原告は、融資を受ける会社等に重点を置くよりも、手形割引であれば当該商業手形の振出人に、有価証券担保による融資であれば当該有価証券に、より重点を置いて融資の可否を決定していた。

また、原告は、売買報告書の提示を現実には求めずに融資を行ってきたのであり、従前問題が生じたことはなく、乙山に対しても同様の取扱いをしたにすぎない。他の証券会社が取引の際売買報告書を求めているとは限らない。原告のパンフレットには売買報告書の提示を求める旨の記載があるが、それは、他人名義の有価証券の場合であり、本件には当てはまらない。

右の融資の決定方法は、個々の会社の独自の方針に任されたものであって、これをもって過失の存在を認めることはできない。

(13) 原告は、乙山との取引において株券を担保として差し入れを受けた際、事故照会を行っていないが、それは、既に本件証券二通の差し入れを受け乙山を信用していたこと、原告自身株券を担保にした取引を大量に行っていたこと、東京証券取引所等における取引も大量に行われていて事故照会に対する回答に時間がかかったことによる。

(14) 本件証券には、被告の商号は記載されておらず、原告が被告に問い合わせることは困難であった。また、大和投信からも被告への問い合わせの指示はなく、原告は、本件証券二通は、償還期が到来すれば誰でもユニバーサル証券で償還を受けられると考えていた。

(15) 本件証券二通は、昭和六三年九月二五日、据置期間が満了し解約又は買取請求が可能であったが、投資信託受益証券は、据置期間が満了したとしても、予想された配当がなかった場合又は預託を継続すれば有利であると考えられる場合には一部解約されないものであり、現に据置期間が満了した投資信託受益証券を担保に融資が行われている。

本件当時、有価証券の値上がりが期待でき、原告は、乙山が値上がりを期待して、本件証券二通を担保に融資を受けているものと信じていた。

(16) 原告は、本件証券二通について、平成二年九月二五日の償還期限到来後も、これらを担保に乙山との取引を継続しているが、これは、乙山に対して、償還による清算を求めたところ、乙山から、顧客が償還期間を誤解しており、また、資金運用が思うように収益を上げておらず、本件証券二通の償還による清算は顧客が満足できるようになるまで待って欲しい旨の返答があったので、原告は、乙山が金利の支払いを継続していたこともあって、償還を行わなかったにすぎない。

(17) 原告の乙山に対する融資期間は二年以上に及んでいるが、契約の当初の時点では融資期間が二年以上になるとは予測しておらず、また、乙山は、約定どおりの金利を支払っていたのであり、何ら不自然ではない。

(18) 訴外エヌ・エス・ケー信販株式会社(以下「エヌ・エス・ケー」という。)は、昭和六三年九月中旬ころ、乙山に対し、本件証券二通のうち一通を担保にして、金五〇〇〇万円を融資している。

(二) 不法行為

(1) 乙山は、昭和六〇年七月一五日から昭和六二年六月一九日まで、被告に勤務し、当時知りあった被告の社員と共謀の上、昭和六三年九月ころ、被告の金庫室に保管されていた本件証券二通を窃取した。

(2) 被告が自己の保管していた本件証券二通の管理を十分にしていれば、本件証券二通の盗難に気づいたはずであり、被告が同月二七日までに大和投信に対して事故の届けをしていれば、原告の大和投信に対する調査時に事故が判明し、原告は乙山との取引を行わなかった。また、被告が、平成元年四月二五日以前に新聞等に事故の広告をするか、同年六月二六日以前に、大和投信に対して事故の届出をするか、新聞等に事故の広告をしていれば、原告は、それ以降の乙山との取引をしなかった。被告には、本件証券二通の保管について重大な過失がある。

(3) 原告の被った損害は、金庫室から本件証券二通を窃取した被告の社員の行為と被告の本件証券二通の保管業務に関する過失により発生したものであり、被告は原告に対し不法行為責任(民法七一五条、七〇九条)を負う。

2  被告の主張

(一) 原告は、以下の理由により、本件証券二通が盗品であることを知らなかったことにつき重過失がある。

(1) 原告は、金融を業とする者であり、有価証券担保金融も数多く手掛けている。

(2) 乙山は、原告と取引をした当時、三〇歳に満たない年齢であり、住所、年齢、勤務先及び役職以外に、資産の有無、家族関係等はわからない原告にとって初めての客であった。そして、乙山の勤務していた光世証券は、当時、上場会社ではなく、また、証券会社では、対外的に重みを持たせる意味で、課長、課長代理等の肩書を多用していたのであり、乙山を紹介した五島は、零細金融業社を経営していたにすぎず、乙山の信用を保証できる資力はなかった。したがって、原告は、乙山が額面金一億円という高額の本件証券二通を所持していることについて疑義があってしかるべきであった。

(3) 証券会社の社員が顧客の証券を担保に従業員名義で投資資金借入を一任されることは異例であり、しかも、証券従業員に関する規則(日本証券業協会・公正慣習規則第八号)によって禁止されていたのであるから、原告は、乙山の権限を調査すべきであった。

(4) 原告は、乙山のいう顧客の氏名を確認しておらず、問い合わせもしていない。また、乙山は、顧客は一流銀行としか取引しないとの説明をしながら、原告と金二億円に上る取引をしようとしている。

(5) 証券金融業界においては、第三者名義又は無記名の有価証券の担保差し入れについて、証券購入時証券会社発行の売買報告書の提示を求めるほか、所得の証明を求めることが広く行われており、業界最大手の日本証券金融株式会社では、本人所有を確認するため売買報告書の提示を求めており、原告自身もそのパンフレットにおいて、売買報告書の提示を求めている。

(6) 投資信託については、各金融機関において、流通性、換金性、換金手続に難点があるとして、担保に取らないか、取る場合においても、売買報告書、委任状等を徴収して慎重に対処している。本件証券のような額面金一億円の投資信託受益証券は、発行枚数が少なく、法人及び機関投資家が保有するものであって、譲渡流通することは稀であり、これを担保に金融を受けるとしても、銀行から低利の借入れをするのが通常である。

(7) 投資信託受益証券は、その大部分が中途解約により換金されるもので、本件証券二通は、昭和六三年九月二五日に据置期間が満了して一部解約が可能となっていて、担保に差し入れ高利の金利を払うより、換金した方が資金の調達方法としては効率的であったにもかかわらず乙山が担保として差し入れたのは、本件証券二通が盗難、横領等換金できない事情があると考えるのが通常である。

(8) したがって、金融の専門業者である原告は、本件証券の発行者の大和投信及び取扱証券会社の被告に対して、事故の有無を確認し、乙山から顧客の氏名を聞き、顧客の意思を確認し、売買報告書の提出を求めるなど十分な調査を行うべきである。しかし、原告は、全体的に証券が持参人の所有であるか否かといった証券の帰属についての関心はなく、証券の真否のみに関心を持ち、証券が真券であれば、所持人の権限の調査を省略して融資を実行していたのであり、乙山との取引についても、本件証券二通の真贋について調査しただけで、事故照会や売買報告書、顧客の委任状の提示を求めることをせずに担保として受け取った。

(9) 乙山は、昭和六三年一〇月一二日、光世証券を退社しており、また、乙山の原告からの借入れは長期にわたっていて、平成元年四月一九日に一旦決済を済ませた直後の同月二六日に金八〇〇〇万円の借入れ、それが決済されていない同年六月二七日に更に金六〇〇〇万円を借入れているなど、乙山の借入れの態様は不自然であったのにもかかわらず、原告は、平成元年四月二六日及び六月二七日の本件証券の再度の差し入れの際、乙山の身分や権限の有無について調査していない。

(10) 証券関係業界においては、投資信託受益証券については、取引に際して、発行者に問合せて取扱証券会社を聞き、取扱証券会社で事故の調査をした上で取引をすることが常識であり、また、原告が証券金融に四〇年近い経験を持っている以上、取扱証券会社を通じてしか払戻しができず、証券面のコード番号が取扱証券会社を表示していることを知っていたはずであって、原告は、取扱証券会社である被告に対し、事故照会をすること、乙山に対して、本件証券二通を所有しているという顧客の氏名を聞くこと、売買約定書の提示を求めることは極めて容易にできたはずである。

(11) 本件証券は、平成二年九月二五日、償還可能となったが、原告は、償還により貸金の回収を図ろうとしなかった。

(二) 不法行為について

(1) 乙山は、本件証券二通を被告在職中の昭和六二年五月下旬ころ、窃取したものであるが、本件当時は、被告の従業員でなく、被告の従業員として行動したことはない。

(2) 被告の本件証券二通の保管義務は、預り依頼者との間で成立し、原告との間で成立しているものではない。

(3) また、本件証券二通の窃取と原告の被害との間に相当因果関係は認められない。

(三) 原告は、本件証券につき譲渡担保権を有しているとするが、譲渡担保につき担保権的構成をとれば、原告は、担保の実行をしていない以上、本件証券上の権利者でない。

四  争点

1 原告の本件証券二通の善意取得の成否

2 被告の本件証券二通の保管に関する不法行為の成否

第三  争点に対する判断

一  認定した事実

《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

1 被告は、昭和六一年一〇月ころ、顧客である戊田会に本件証券二通を購入してもらい、預り証を発行して保護預かりとして、本店の金庫内に、回号別に商品毎に梱包し封印をして保管していたこと、

2 原告は、昭和二八年一月二九日に設立されたが、昭和六一年六月ころから、有価証券担保融資を本格的に行うようになったこと、

3 乙山は、昭和三五年三月一〇日生まれで、昭和六〇年七月一五日から昭和六二年六月一九日まで被告に勤務していたが、顧客の口座を用いて自己の判断で株式の売買を行う、いわゆる手張り行為を繰り返しており、昭和六二年五月ころには、複数の証券金融業者から借入れを行っていたこと、乙山は、同年七月一日、光世証券に就職し、手張り行為を続け、昭和六三年九月ころの時点で、約金六二〇〇万円の損失を出し、その穴埋めに迫られていたため、訴外丙川松夫と組んで仕手戦を行い、損失を埋めることとし、そのための資金を捻出するため、既に入手済みの本件証券二通を用いて借入れをすることとしたこと、そして、乙山は、同月二一日ころ、本件証券一を担保にエヌ・エス・ケーから金五〇〇〇万円を一週間の約定で借り、また、訴外株式会社三陽ファイナンス(以下「三陽」という。)からファイナンスを受けて昭和製作所株二五万株又は三〇万株を買付け、仕手戦に臨んだこと、しかし、昭和製作所の株価が思うように上がらず、三陽に対する決済とエヌ・エス・ケーに対する金利の支払いが同月二八日に迫ったため、残っていた本件証券二を用いて、五島から同年五月ころに教えられていた原告から融資を受けることとしたこと、

4(一) 磯野は原告東京支社の開発部の嘱託社員であったが、同年五月二五日ころ、磯野が以前訴外東一証券に勤務していた当時知りあった五島から、同人が経営する北誉の顧客で、投資信託受益証券を担保に金融を付けたい客がいるが、北誉が独立して間がなく規模も小さいため、大口融資が取り扱えないので、原告で面倒をみてもらいたいとの申入れを受け、磯野は、本人に会って証券を確認してから検討する旨答えたこと、

(二) 磯野は、同年九月中旬、五島から、乙山という者が訪ねていくのでよろしく頼むとの連絡を受け、同月二六日ころ、乙山から電話を受け、光世証券の乙山というが、乙山の大手客に乙山の相場感で動いている人がおり、投資信託受益証券を担保に資金を借りて積極的な資金運用をしたいと言っているが、資金の運用についてはその客から一任されているので、原告が投資信託受益証券担保で融資してくれるなら、乙山の名義で取引してもらいたい旨の取引の申入れを受け、磯野は、とにかく券面を持ってきて欲しいと答えたこと、乙山は、同日、原告東京支社を訪れ、本件証券二通のコピーを磯野に渡したこと、

(三) 乙山は、同月二八日午前一一時ころ、本件証券二と光世証券株式会社第一部課長代理乙山春夫の名刺を持って、原告東京支社に来社し、磯野に対し、「私の大手客で資金運用面では私の相場感で動いている顧客がいて、投信を担保に投資資金を借入れ、積極的な資金運用をしたいと言っており、資金運用については私に一任してくれています。但し、このオーナーはおたくみたいなノンバンクとは取引したことがなく、名前を出したくないと言っており、業者の選定や手続については、私に一任してくれているので私の名前で取引してほしい。」と申入れ、乙山は、磯野に対し、本件証券二を差し出したこと、

(四) 磯野は、乙山に対し、券面を調査して融資を決定するが、初めての取引であるので、融資額は担保価値の四割までとし、金利も一四・五パーセントになる、実績が付けば融資の額も増やし、金利を下げると告げ、本件証券二のコピーを預り、乙山には、一旦帰ってもらったこと、

(五) 磯野は、原告東京支社の当時の開発部長鈴木完治(以下「鈴木」という。)、開発部課長山崎章(以下「山崎」という。)に対し、乙山との話を報告し、本件証券二のコピーを交付したこと、磯野は、外出する所要があったので、山崎が磯野の報告に基づいて申込書を作成し、原告東京支社の調査を担当する審査第一部に提出したこと、

(六) 審査第一部長の宝田秋男(以下「宝田」という。)は、原告の審査基準に基づき、大和投信に事故照会を行うこととして、審査第一部次長の中村昭雄(以下「中村」という。)が大和投信に電話をかけ、本件証券二について、事故等の照会を申出たところ、大和投信から、事故、紛失の届けがないとの回答を得、同日の一口当たりの値段が金一万二二二円であると教えられたこと、また、宝田は、大和投信に電話をかけ、本件証券が無記名であったので、第三者でも解約できるか否かを問い合わせたところ、第三者でも解約できるとの回答があったこと、

(七) 原告の審査決済権限規定によれば、金三〇〇万円以上金一〇〇〇万円未満の融資については、決済担当部長・次長又は部長待遇の支社長・所長の決済が、金一〇〇〇万円以上金三〇〇〇万円未満の融資については、担当取締役の決済が、金三〇〇〇万円以上の融資については、原告の大阪本社の本部役員会の承認がそれぞれ必要とされていたので、これに基づいて、原告の東京支社審査本部長斉藤泰(以下「斉藤」という。)は、原告の本社審査本部長秋田良広(以下「秋田」という。)に連絡して、乙山に対する融資の可否を本部役員会の稟議にかけたこと、その結果、乙山に対する融資は、原告の代表取締役甲野太郎、秋田らの本部役員会により承認され、そのことが東京支社の斉藤、宝田に伝えられ、更に開発部へも伝えられたこと、

(八) 磯野は、同日午後一時ころ、帰社し、鈴木又は山崎から、審査の結果、真券であり、事故、紛失届けがなく、本部役員会の承認も得られたから、融資するように告げられ、光世証券に電話をして乙山に対し、融資できるからすぐ来てほしい旨連絡したこと、

(九) 乙山は、同日午後一時過ぎに原告東京支社を訪れ、磯野は、乙山に対し、融資はできるが、金額は担保の四割の金四〇〇〇万円で、金利も一四・五パーセントである、実績が付いてきたら、担保の八割まで融資でき、金利も一二・八パーセントになるなど融資の内容及び手続について説明し、乙山は、継続的小切手手形割引取引約定書、担保差入書、為替手形、計算書、領収書、担保差入明細書に署名押印し、本件証券二を磯野に交付し、磯野は、融資金三九五一万八六八八円を乙山に交付したこと、

5(一) 乙山は、同日午後又は同月二九日午前、磯野に対し、「もう一枚投信があるのでそれで融資をお願いしたい」と申入れ、磯野は、券面を持ってくるよう告げたこと、乙山は、エヌ・エス・ケーから本件証券一を返還してもらい、それを持参して原告東京支社を訪れたこと、

(二) 乙山は磯野に本件証券一を差し出して、「この投信も、昨日のと同じで、ノンバンクに担保として入れて融資を受けるために、私がオーナーから預かっているものなので、これで融資をお願いしたいが、掛け目が四掛けではきついので、もう少し掛け目を上げてくれませんか。」と申し出たこと、

(三) 磯野は、審査第一部に対する申込書を作成し、鈴木と山崎に内容を報告したこと、その際、担保に対する融資額は、本件証券二通の額面金二億円の六割とされたこと、磯野は、本件証券一のコピーを預り、申込書と一緒に審査第一部に回したこと、

(四) 磯野から融資の申入れを受けた宝田は、前日と同様に、原告の審査基準に基づき、大和投信に事故照会を行うこととして、中村が大和投信に電話をかけ、本件証券一について、事故等の照会を申し出たところ、大和投信から、事故、紛失の届けがないとの回答を得、また、審査決済権限規定に基づき、原告の大阪本社の本部役員会の承認も得たこと、

(五) 鈴木は、同日午後、乙山に対し、金七〇〇〇万五二二四円を交付したこと、

6 乙山は、昭和六三年一〇月一二日、手張り行為が発覚し、光世証券を退社したこと、

7 乙山は原告に対し、昭和六三年一二月二三日、同年九月二八日融資分の決済を済ませ、本件証券一通の返還を受け、次いで、平成元年四月一九日、昭和六三年九月二九日融資分の決済を済ませ、本件証券一通の返還を受けたこと、

8(一) 原告は、平成元年四月二六日、再度乙山から本件証券一を担保に融資の申入れを受けたため、審査決済権限規定に基づき、審査本部長斉藤から大阪本社の本部役員会に稟議をはからせ、役員会の承認が得られたので、斉藤と中村は、金八〇〇〇万円の融資を実行させたこと、

(二) 原告は、同年六月二七日、乙山から本件証券二を担保として融資の申入れを受けたこと、宝田は、大和投信に対して本件証券二通についての事故照会を行い、事故届けがないとの回答を受けるとともに、当時の時価相場が一口当たり金一万九八四円であることを確認し、また、審査本部長斉藤が、原告大阪本社の本部役員会の稟議にはからせ、その承認が得られたので、斉藤と宝田は金六〇〇〇万円の融資を実行させたこと、

(三) 被告は、同日までの間、本件証券二通の紛失について、新聞広告等を行わなかったこと、

(四) 原告は、同年七月一一日、本件証券二通以外に乙山から担保として差し入れられていた高島の株券一万五〇〇〇株、ニコフの株券四万株、三機工業の株券二万株及び山村硝子の株券二万株(同日の東京証券取引所後場終値の合計金一億六四四五万円)を乙山に返還したこと、

9(一) 原告は、平成二年一月一六日、額面金一五〇〇万円の為替手形を乙山から割り引き、乙山への貸金の累計は、金一億九〇〇〇万円となったこと、宝田は、同日、大和投信に対し、本件証券の相場が、一口当たり金一万一四七四円であることを確認し、担保である本件証券に対する貸金の累計額の掛け目が八二・七九パーセントであることを確認したこと、

(二) 宝田は、同月ころ、本件証券の償還日が同年九月二五日であったので、乙山の手形の切り替え時、磯野に対し、開発部を通じて注意を促したこと、

10(一) 被告は、毎年一月、保管証券の点検を行っていたが、投資信託受益証券については、動きがほとんどなく点検を行っていなかったこと、しかし、同年一月ころ、保管証券を大阪証券代行に証券を預ける作業を行っていた関係上、本件証券二通についても点検を行い、本件証券二通がないことに気づいたこと、その後、顧客から被告に対して本件証券二通の売却依頼があったため、被告は、同年三月一四日、本件証券二通を顧客から買い取る形で処理し、代金を支払ったこと、

(二) 被告は、本件証券二通について、同日、大和投信に事故届を出し、同年四月一〇日、東京簡易裁判所に対して公示催告の申立てを行ったこと、

11(一) 原告と乙山は、同年四月二六日、従前の契約書を新しい様式の契約書に書換えたこと、その際、乙山は磯野に対し、有限会社乙田専務取締役乙山春夫の名刺を交付し、磯野は、この時初めて乙山が光世証券を辞めたことを知ったこと、

(二) 乙山は、同年八月又は九月ころ、磯野から、本件証券の償還日が到来するが、券面をどうするつもりなのかを聞かれ、オーナーが償還期間を一年先と勘違いしており、また、運用成績を上げるため延長したいので、売却しては困る旨答えたこと、磯野は、これに対し、金利を入れてくれればこのままでよい旨答えたこと、

12(一) 同年九月二五日、本件証券の償還日が到来したこと、

(二) 被告は、同年一〇月一〇日、ユニバーサル証券から本件証券二通の償還金相当額金二億一一二二万五八〇〇円について預り金として支払いを受けたこと、

13(一) 原告の審査部次長神田が、平成三年七月二九日、大和投信に対し問い合わせたところ、本件証券二通については、除権判決がなされていること、現金が支払われていること、本件証券二通は無効となっていることを知らされたこと、

(二) 乙山は、原告に対する同年七月分の金利の支払日の同月二六日までに金利の支払いの準備ができず、磯野に少し遅れる旨連絡し、同月三〇日、金四〇〇万円を原告に支払ったこと、しかし、その時点では、乙山に本件証券二通を担保として差し入れる権限がなかったことが判明していたこと、

14 乙山は、同年一〇月二三日、背任罪容疑で逮捕されたこと、

15(一) 原告は、平成元年四月から六月にかけて、東京支社において、一か月当たりおよそ一五〇〇件、金額にしておよそ金二二〇億円程度の手形割引を行っていたこと、

(二) 日経平均株価は、昭和六三年から平成元年にかけて上場傾向にあり、平成元年一二月二九日に最高値をつけたこと、

(三) 原告では、顧客の調査及び面接は開発担当社員が行い、審査部では、原告の内規の審査決済権限規定及び株券担保融資取扱注意事項に基づいて、決済していたこと、

(四) 証券従業員に関する規則(日本証券業協会・公正慣習規則第八号)第九条三項二〇号及び二六号では、証券会社及びその従業員が、顧客の有価証券の売買その他の取引等又はその名義書換について、自己若しくはその親族その他自己と特別の関係のあるものの名義又は住所を使用させること、有価証券の売買その他の取引に関して顧客と金銭、有価証券等又は金地金の貸借を行うことを禁止していること、

(五)(1) 原告は、平成六年一月二七日、訴外協立証券株式会社から、信用取引の際の代用株券については、売買報告書の提示は求めておらず、他人名義の株券については、名義書換を任意で求めているとの回答を得、訴外岡三証券株式会社から、信用取引の代用証券については、東京証券取引所の指導では、他人名義の株券については、名義書換をするようになっているが、岡三証券では売買報告書の提示及び他人名義株券の名義書換を請求することはないとの回答を得たこと、

(2) 原告は、そのパンフレットにおいて、証券担保融資の際の必要書類として証券が他人名義の場合、売買報告書を挙げているが、実際には、他人名義の株券の場合でも売買報告書の提示は求めないことが多く、二、三パーセントに止まること、売買報告書の提示を求めるか否かは、開発部が窓口であれば開発部が判断すること、

(3) 訴外日本証券金融株式会社では、投資信託受益証券については、本人所有のもので、据置期間満了前六か月程度のものか売買可能なものに限り、担保とできるとし、その場合、本人所有を確認するため売買報告書の提示を求めるとしており、また、他人名義の有価証券については、売買報告書の添付を求めるとしていること、

(4) 訴外株式会社セントラルファイナンス、同株式会社ライフでは、他人名義の担保証券については、証券売買報告書の提出を求めるとしていること、

(5) 訴外東芝総合ファイナンス株式会社では、株式等を担保して融資する場合、必要書類として、収入証明書を求めるとしていること、

(6) 訴外日本信販株式会社では、融資に際し、源泉徴収票等の収入を証明できるものの提出を求め、他人名義の有価証券を担保とする場合には、売買報告書の提出を求めるとしていること、

(7) 被告は、平成五年一二月二一日、訴外日本信販株式会社から、投資信託受益証券は、流通性、換金性に難があるため、担保として取らないとの回答を、訴外アコム株式会社から、投資信託受益証券については、本人所有を確認するため売買報告書、委任状の提出を求めるとの回答を、訴外株式会社セントラルファイナンスから、換金手続が複雑なため投資信託受益証券は担保として取らないとの回答を、訴外オリックスクレジット株式会社から、投資信託受益証券は株式、国債と一緒であれば取扱うが、単独では取り扱わず、また、すべの有価証券について、売買報告書等により本人所有であることを確認するとの回答を、訴外ジャックス株式会社から、換金手続が通常と異なるので投資信託受益証券は取り扱わないとの回答を、訴外ファーストクレジット株式会社から、投資信託受益証券は取り扱わないとの回答を、訴外ライフ株式会社から、投資信託受益証券については、本人所有を確認するため、売買報告書及び取扱証券会社の委任状の提出を求めるとの回答を、訴外大阪証券代行株式会社から、投資信託受益証券については、売買報告書により本人の所有であることを確認して取り扱うとの回答をそれぞれ得たこと、

(8) 被告では、証券を担保として取引する場合、他人名義の証券については名義書換をするよう求める扱いをしており、また、投資信託受益証券を担保に取ることはしていないこと、

(六)(1) 本件証券については、償還金は、信託終了日(平成二年九月二五日)後一か月以内の委託者(大和投信)の指定する日から受益証券と引換えに受益者に支払われ、また、第二計算期(昭和六二年九月二六日から昭和六三年九月二五日まで)の末日以降において、一部解約することができること、償還金及び一部解約金の支払いは、請求委託者(大和投信)の指定する証券会社の営業所において行われること、

(2) 証券会社コード番号表では、被告は「〇三三」とされていること、

(3) 投資信託受益証券は、受益者の応募申込みを受けてから作成されるため、受益者は、直ちに証券の発行を受けることはできず、一旦、取扱証券会社に印鑑を届け出た上、預り証の発行を受けることとなり、証券が作成された段階で、取扱証券会社において、印鑑の照合の後、預り証と引換えに証券の交付を受けることができること、したがって、投資信託受益証券の取扱証券会社は、受益者の氏名、住所、印鑑の届出を受けており、投資信託受益証券の償還、買取り、一部解約に際して、証券の現物の外、届出印の押捺を求め、第三者の場合には、当初の応募者から届印を押捺した譲渡証明書の添付を求めること、

(4) 本件証券は、二万一八六三枚発行され、そのうち額面金一億円の証券は、一〇二枚であること、

(5) 本件証券の残存元本は、設定時(昭和六一年九月三〇日)が約金三一六億三四〇〇万円、据置期間内の第一回期末時(昭和六二年九月二五日)及び第二回期末時(昭和六三年九月二五日)右同額、据置期間が経過した昭和六三年一〇月末が約金一六四億三七〇〇万円(残存率約五二パーセント)、第三回期末時(平成元年九月二五日)が約金四七億七四〇〇万円(残存率約一五・一パーセント)、償還日(平成二年九月二五日)が約金二八億一二〇〇万円(残存率約八・九パーセント)であったこと、

(6) 本件証券の価格は、昭和六三年九月二五日の時点で、一口当たり金一万二〇八円、平成元年四月三〇日の時点で、一口当たり金一万七一九円、平成二年三月一〇日の時点で、一口当たり金一万九四八円であったこと、

(7) 原告では、本件以外に投資信託受益証券を担保に取ったことがあるが、いずれも、原告が担保権を実行して償還を受ける手続を取ったことはないこと、

以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  争点1について

1 前記のとおり、本件証券二通は、被告がその顧客から預かっていたものが窃取され、乙山により原告に譲渡担保として差し入れられたのであるから、原告は、原則として本件証券二通について何らの権利を有しないこととなる。

2 しかし、本件証券は、証券投資信託の受益証券であって、証券取引法二条七号により証券取引法上の有価証券とされ、また、証券投資信託法によれば、証券投資信託の受益権は、受益証券をもって表示しなければならず、その譲渡及び行使は、受益証券をもってしなければならないとされているのであるから、金銭その他の物の給付を目的とする商法五一九条の有価証券に該当すると解するのが相当であり、小切手法二一条の準用により善意取得の対象となる。

ところで、前記のとおり、原告は、無記名証券である本件証券二通について乙山から譲渡担保の設定を受けているが、乙山は、乙山の顧客で本件証券二通を所有する者から、乙山の名義で譲渡担保として差し入れる権限を与えられている旨説明した上、本件証券二通を原告に差し入れたことを供述しているが、乙山が顧客からどのような事情で本件証券二通について譲渡担保権の設定を受ける権限を与えられたのか具体的なことは何ら明らかとなっていないし、本件証券二通は、通常一般的な証券として市場で流通するものでないものである。したがって、右顧客が、本件証券二通の真の権利者として所持し、これに譲渡担保の設定をすることの権限を乙山に与えたとは認められない。

3 そこで、原告が、本件証券二通について譲渡担保の設定を受けるに際して、乙山が本件証券二通の権利者でなかったことについて悪意・重過失であったか否かについて検討する。

(一) 本件で問題となる乙山の譲渡担保設定行為は、平成元年四月二六日の本件証券一についてのもの及び同年六月二七日の本件証券二についてのものであるが、磯野証人、宝田証人は、乙山の言う同人の顧客が架空人で無権利者であることは知らなかった旨証言しており、前記一、8、(四)及び9、(一)で認定したとおり、原告は、同年七月一一日には、乙山から担保として預かっていた同日の東京証券取引所後場終値の合計額金一億六四四五万円分の株券を返還し、本件証券二通だけを担保に、乙山に対し累計金一億九〇〇〇万円に上る貸金を行っていることからすると、原告が、乙山から平成元年四月二六日及び同年六月二七日にそれぞれ本件証券二通についての譲渡担保権の設定を受けた時点で、乙山の言う同人の顧客が架空人であって無権利者であり、したがって、乙山の権限も実在しないこと(又は、乙山の無権限)を知っていたとすることはできないのであり、原告の悪意は認められない。

(二) 次いで、商法五一九条により有価証券に準用される小切手法二一条にいう重過失とは、有価証券取引をする者が、通常程度の注意をすれば、取引の相手方が有価証券の適法な所持人でないことを容易に知ることができる場合に、不注意の程度が重大であったために、その事実を知らないで有価証券を取得したことをいい、取得者は、通常、相手方が適法な所持人であるか否かについて積極的な調査義務を負うものではないが、相手方が有価証券を所持することについて、疑念を抱いて然るべき特段の事情があるにもかかわらず、相手方の有価証券の入手の事情を調査することなく漫然と有価証券を譲り受けた場合には、その取得者には重大な過失があるというべきである。

(1) まず、乙山は、当初、昭和六三年九月二八日及び二九日、本件投資信託受益証券二通を原告に対し譲渡担保として差し入れているので、その際の事情を検討するに、前記認定のとおり、乙山は、磯野に対し、本件証券二通は、乙山がその顧客から資金運用を図るため一任を受けて預かって担保に差し入れるもので、右顧客は原告のようなノンバンクとの取引は行ったことがなく、右顧客の名前は出さずに乙山の名義で取引したい旨告げたものであるが、乙山が言うところの本件証券二通の権利者の氏名、住所、職業、収入等は不明であり、乙山の具体的な権限も明らかとされていない。また、前記認定のとおり、乙山は、当時、満二八歳にすぎなかったのであり、通常であれば、額面金一億円の本件証券二通を所持することは考えられない上、前記認定のとおり、乙山の行為は、証券従業員に関する規則に違反しており、二八日と二九日の短期間に、しかも、二日に分けて、金四〇〇〇万円と金七〇八五万円という多額の借入れを行うという取引経過については、不自然の感を否めない。さらに、前記認定のとおり、本件証券二通の据置期間は満了し一部解約が可能であったのに、担保の評価が時価の四割ないし六割にすぎず、金利も年一四・五パーセントと比較的高利の原告から借入れをすることは、資産の運用として不合理、不自然である。そして、前記認定のとおり、原告は、投資信託受益証券の償還等の換価手続を行ったことがなく、正確な換価手続を知らなかったのであり、また、乙山を紹介した五島は、零細な企業を経営する者であって、十分の信頼性があったということはできない。

以上のように、有価証券の権利者ではなく、権利者から権限を与えられたと称する者が、有価証券に譲渡担保を設定しようとしているにもかかわらず、その権利者の氏名、住所、職業、収入等が不明で、権限を与えられたと称する者の具体的な権限が明らかでなく、しかも、その者が年齢に相応しない高額の有価証券を所持し、証券従業員に関する規則に違反した不自然な取引を申し入れており、さらに、当該有価証券を譲渡担保に供して資金の借入れを行うことが、資産運用として不合理、不自然であって、紹介者の信用性も乏しく、当該有価証券が特殊な有価証券で換価手続に正確な知識を要するといった事情が存する場合には、有価証券の取得者は、相手方が当該有価証券を所持することについて、強い疑念を抱いて然るべきである。

(2) その後、原告と乙山は、取引を行い、前記認定のとおり、乙山は、昭和六三年一二月二三日、同年九月二八日融資分の決済を済ませて本件証券一通の返還を受け、次いで、平成元年四月一九日、昭和六三年九月二九日融資分の決済を済ませて本件証券一通の返還を受けた上、平成元年四月二六日、再度原告に本件証券一を譲渡担保に差し入れて金八〇〇〇万円の融資を受け、同年六月二七日、再度本件証券二を譲渡担保に差し入れて金六〇〇〇万円融資を受けている。したがって、昭和六三年九月二八日から同年一二月二三日までの間及び昭和六三年九月二九日から平成元年四月一九日までの間の原告と乙山の取引について事故はなかったこととなる。しかし、資金の運用としては、前者については三か月弱、後者については七か月弱という期間に及んでおり、その間、手形の書換えが継続されていたことになり、また、一旦、同年四月一九日に決済が済んだ直後に、再度金八〇〇〇万円の借入れが行われ、その決済が済まないうちに、金六〇〇〇万円の借入れが行われているといった事情に照らすと、乙山又はその顧客の決済金が、豊富には存しないことが当然に窺われる。

したがって、平成元年四月二六日及び同年六月二七日の時点においても、乙山が本件証券二通を所持することについての強度の疑念が払拭されたということはできないのであり、原告が疑念を抱いて然るべき特段の事情が存していたものと認められる。

(3) よって、原告は、平成元年四月二六日及び同年六月二七日に乙山から本件証券二通を譲渡担保に取るに際して、乙山の本件証券二通の入手の事情を調査する義務があったというべきである。

(4) 前記のとおり、乙山の本件証券二通の所持の適法性については、強い疑念があったと認められるのであるから、原告には、乙山から同人のいう顧客の氏名、住所、職業等を具体的に聞き質し、その信用調査やその意思を確認するとともに、乙山自身の信用を調査し、本件証券の譲渡証明書の提示を求めるとともに本件証券の委託者である大和投信及び取扱証券会社である被告に事故照会をする等慎重な調査をすることが要求されるというべきところ本件についてこれをみるに、前記のとおり、同年四月二六日には何ら調査を行っておらず、同年六月二七日には、大和投信に対し、本件証券二通について、事故照会を行ったにすぎない。

したがって、原告が同年四月二六日に譲渡担保として取得した本件証券一については、原告は、乙山が本件証券一を所持することについて疑念を抱いて然るべき特段の事情が存したにもかかわらず、具体的な調査を格別に行っていないこととなり、重大な過失があるというべきである。

他方、原告が同年六月二七日に譲渡担保として取得した本件証券二については、原告は、同日、大和投信に対し事故照会を行っている。しかし、前記(1)のとおり、乙山が本件証券を所持することについての疑念は強度のものであって、原告には慎重な調査が要求されるというべきであるところ本件証券の委託者に対する事故届は、権利者が事故に気づいていなければなされないもので、直截に乙山の所持の適法性を裏付けるものではない。むしろ、乙山から乙山のいう顧客の氏名、住所、職業等を聞き、その信用調査を行うとともに、その意思を確認すること、乙山の信用を調査すること、本件証券二通の譲渡証明書の提示を求めることの方が、乙山の所持の適法性を確認する調査方法として確実かつ直截であり、しかも、これらの調査を行うことは極めて容易であって、原告にとって負担となるということはできず、これらの調査を行っていれば、乙山の言う顧客が実在しないこと、乙山が光世証券を退社していること、乙山が譲渡証明書を提示できないことが容易に判明したはずである。また、原告が本件証券の換価手続を慎重に調査、確認していれば、換価手続に取扱証券会社への届出印が必要であり、他の金融機関が換価手続が複雑であるので投資信託受益証券を担保に取らない場合があることが容易に判明したはずである。それにもかかわらず、原告は、極めて容易なこれらの調査を行わず、確実とはいい難い大和投信への事故照会を行ったに止まるのであるから、原告の調査は慎重さを欠いており、その不注意の程度は重大であって、原告が乙山の本件証券二の所持が不適法であることを知らなかったことについて、重大な過失があるというべきである。

4 (一) この点について、原告は、まず、乙山は、中堅証券会社の課長代理であり、原告は、本件当時、乙山の行為が、証券従業員に関する規則に違反することを知らず、また、禁止された行為を行っていた証券会社の従業員は相当数おり、証券界では乙山の申し出たような話はよくあることであって、原告は乙山の取引の申込みに疑義を持たなかった旨主張する。

しかし、前記3、(二)、(1)記載のとおり、乙山の言動には不自然な点がみられるのであり、証券会社の従業員であることは、反対にその地位を悪用している可能性を示唆するものとも考えられるのであって、単に乙山が光世証券第一営業部課長代理という肩書をもっていることをもって、乙山を信用できるとすることはできないというべきである。また、原告は、前記のとおり、昭和六一年六月ころから、有価証券担保融資を本格的に行うようになっており、本件当時二年以上の経験があったのであるから、乙山の行為が、証券従業員に関する規則に違反することを知らなかったというのは、むしろ、証券担保金融を行うものとしては認識が不十分であったということができ、また、禁止された行為を行っていた証券会社の従業員は相当数おり、証券界では乙山の申し出たような話はよくあることであるとしても、違反行為であることに変わりはなく、乙山の本件証券二通の所持の適法性に対する強い疑念が払拭されるものではない。よって、原告の主張は採用できない。

(二) 次いで、原告は、昭和六三年九月二八日及び二九日、大和投信に対して、本件証券二通の真贋及び事故届けの有無を問い合わせ、問題がないことを確認しており、また、平成元年六月二七日、再度、大和投信に対して事故照会をし、事故はない旨の回答を得ているが、本件証券は高額な証券であり、当然管理は万全であって、仮に盗難等の事故があれば、据置期間が満了して換金可能な状態であったのであるから、直ちに事故届けが発行会社になされるはずであると考えており、発行会社に対して事故届けがなかった以上、乙山及びその説明並びに大和投信からの回答を信頼し、また、同年四月二六日の再度の担保差し入れに際しては、原告は従前の実績を評価し、乙山及び本件証券二通を益々信用した旨主張する。

しかし、前記のとおり、大和投信に対する事故照会は、直截に乙山の本件証券二通の所持が適法であることを根拠付けるものではなく、権利者が事故に気づかず、事故届がなされていなければ意味がないものであって、むしろ、より直截に乙山の本件証券二通の所持が適法か否かを確認する他の手段があり、その実施は極めて容易であるのであるから、大和投信に対し事故照会をしたことをもって、原告の重過失を否定することはできないというべきである。また、原告が、昭和六三年九月二八日及び二九日に大和投信に対し事故照会をしたことは、平成元年四月二六日及び六月二七日の再度の譲渡担保の設定の際の原告の信頼を正当化するものとはいえないのであり、従前の取引の実績についても、前記のとおり、これが乙山の本件証券二通の所持に対する疑念を払拭するものということはできない。よって、原告の右主張は理由がない。

(三) また、原告は、融資を受ける会社等に重点を置くよりも、手形割引であれば当該商業手形の振出人に、有価証券担保による融資であれば当該有価証券に、より重点を置いて融資の可否を決定していたのであり、原告は、売買報告書の提示を現実には求めずに融資を行い、従前問題が生じたことはなく、他の証券会社が取引の際売買報告書を求めているとは限らない旨主張する。

しかし、有価証券を担保に取る場合は、その真贋だけではなく、所持人の所持の適法性が問題となるのであって、有価証券を担保に供し融資を受ける者の信用性を軽視することは妥当な扱いとはいい難い。また、原告が、従前売買報告書の提示を求めずに融資を行い、事故の発生がなかったとしても、偶々事故の発生がなかったにすぎず、原告の取扱いが適正なものであるとすることはできない。本件においては、乙山は、原告に対し、自らは権利者でなく証券を預かった者であると告げているのであり、原告の担当者らは、その権利者とは直に接していないのであるから、乙山の権限に加え、権利者自身の権利についても疑義をもって当たるべきであり、その権利を確認するための直截かつ確実な手段は、売買報告書(譲渡証明書)の提示を求めることであり、これは極めて容易なことである以上、原告がこれを怠ったことをもって、不注意の程度が重大であったとされても已むを得ないというべきである。また、前記のとおり、原告においては、売買報告書の提示の要否を審査部ではなく開発部で判断しているが、顧客との応対に当たる開発部の判断では、客観的な判断を望めず、顧客からは独立した立場にある審査部が客観的な判断をすることができると考えられるのであって、原告のかかる審査態勢に問題点があることを否定できない。よって、原告の右主張は採用できない。

(四) さらに、原告は、本件証券には、被告の商号は記載されておらず、原告が被告に問い合わせることは困難であり、大和投信からも被告への問い合わせの指示はなく、原告は、本件証券二通は、償還期が到来すれば誰でもユニバーサル証券で償還を受けられると考えていたと主張する。

しかし、前記のとおり、原告は、投資信託受益証券について、換価の手続を実際に行った経験はなく、宝田が、大和投信に対し、第三者でも換金できるか否かの問い合わせをしていることからすると、原告も投資信託受益証券の換価手続に不安があったのであり、有価証券金融を本格的に行っている原告に対し、投資信託受益証券の換価方法について、具体的な手続の調査を要求したとしても、容易に確認できることであり、酷であるとすることはできない。しかし、原告は、大和投信に対して、第三者でも換金できるか否かを問い合わせたにすぎず、具体的な換価方法の調査を怠っているのであり、不注意の程度が重大であったとされても已むを得ないというべきである。よって、原告の主張は採用できない。

(五) そして、原告は、投資信託受益証券は、据置期間が満了したとしても、予想された配当がなかった場合又は預託を継続すれば有利であると考えられる場合には一部解約されないものであり、本件当時、有価証券の値上がりが期待でき、原告は、乙山が値上がりを期待して、本件証券二通を担保に融資を受けているものと信じていたと主張する。

しかし、前記のとおり、本件証券の信託開始が昭和六一年九月三〇日であるところ、本件証券の価格は、昭和六三年九月二五日の時点で、一口当たり金一万二〇八円、平成元年四月三〇日の時点で、一口当たり金一万七一九円、平成二年三月一〇日の時点で、一口当たり金一万九四八円であって、これからすると、本件証券を担保に供して原告から年利一二・八パーセントで借入れをすることが合理的であるとはいうことはできず、乙山は値上がりを期待して本件証券二通を担保に融資を受けているとの原告の信頼が正当なものであったとすることは困難である。よって、原告の右主張は採用できない。

(六) また、原告は、エヌ・エス・ケーが、昭和六三年九月中旬ころ、乙山に対し、本件証券二通のうち一通を担保にして、金五〇〇〇万円を融資していると主張するが、他者が担保に取ったことをもって、原告の落ち度が治癒されるものではない。

(七) なお、原告は、被告が、平成元年四月二六日及び同年六月二七日までの間、本件証券二通の紛失について、新聞広告等を行わなかったと主張するが、原告が、平成元年四月二六日及び同年六月二七日に、新聞広告を確認して、本件証券二通を譲渡担保に取ったと認めるに足りる証拠はないから、右主張は、善意取得の主張としては意味がない。

(八) むしろ、前記のとおり、原告は、昭和六三年九月二八日に金四〇〇〇万円、同月二九日に金七〇八五万円、平成元年四月二六日に金八〇〇〇万円、同年六月二七日に金六〇〇〇万円を即日、しかも数時間の審査で貸し付けているが、このような高額な貸付けを数時間の審査で即日行うことは、ノンバンクであるとはいえ拙速の感を否めず、原告の乙山に対する貸付けは安易にすぎたというべきである。

5 以上より、原告は、乙山から本件証券二通について譲渡担保の設定を受けるに際し、乙山の本件証券二通の所持が不適法であったことを知らなかったことについて重過失があったのであるから、本件証券二通の善意取得は認められない。

よって、原告の主位的主張は認められない。

三  争点2について

乙山が、昭和六三年九月二八日以前に、被告が所持していた本件証券二通の窃取に関与し、これを取得したことは当事者間に争いがなく、前記認定のとおり、被告は、昭和六一年一〇月ころ、顧客である戊田会に本件証券二通を購入してもらい、本店の金庫内に、回号別に商品毎に梱包し封印をして保管していたのであり、本件証券二通が窃取された時期は必ずしも明らかでないが、いずれにせよ、本件証券二通を窃取したのは、被告の従業員であると認めるのが相当である。そして、前記認定のとおり、被告は、投資信託受益証券については、点検を行っておらず、本件証券二通が窃取されたことに気づかずに、大和投信への事故届、新聞への広告を怠っている。したがって、被告の本件証券二通の管理は不十分であったといわざるを得ない。

しかしながら、被告の本件証券二通の管理についての注意義務は、それを預けた顧客に対する関係で生じることは明らかであるものの、それが、流出した証券を取得した者が不測の損害を被ることがないよう、広く第三者との関係において発生するものと解することはできない。法は、第三者の保護のため、善意取得の制度を設けており、その要件も有価証券の流通を保護するため善意・無重過失とし広く第三者を保護しているのであって、第三者の保護は、専ら善意取得の制度によって図られるというべきであり、善意取得の制度によって保護されない悪意・重過失ある第三者を不法行為によって保護する必要性は乏しいといわざるを得ないからである。

よって、原告の予備的主張は、採用できない。

第四  結論

以上の次第で、原告の主位的主張及び予備的主張のいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 星野雅紀 裁判官 金子順一 裁判官 増永謙一郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例